大判例

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最高裁判所第一小法廷 昭和43年(あ)2442号 決定 1969年4月03日

本店所在地

札幌市中の島二条二丁目一九五番地

株式会社 ホテルニユー東京

右代表者代表取締役

玉腰東木

本店所在地

釧路市栄町四丁目二番地

株式会社 ホテルニユー東京

右代表者代表取締役

玉腰サダ子

本籍

札幌市南三条東四丁目三番地

住居

同市藻岩下四五四番地

会社役員

玉腰東木

大正一三年一〇月一六日生

右の者らに対する法人税法違反各被告事件について、昭和四三年一〇月二六日札幌高等裁判所の言い渡した判決に対し、各被告人から上告の申告があつたので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人野切賢一の上告趣意は、量刑不当の主張であつて、刑訴法四〇五条の上告理由にならない。

よつて、同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 岩田誠 裁判官 入江俊郎 裁判官 長部謹吾 裁判官 松田二郎 裁判官 大隅健一郎)

昭和四三年(あ)第二四四二号

被告人 株式会社ホテルニユー東京

同 株式会社ニユー東京

同 玉腰東木

弁護人野切賢一の上告趣意(昭和四三年一二月一七日付)

第一点 原判決は被告人等の控訴を棄却して、第一審判決を維持した。しかし乍ら第一審判決は被告人等に存する以下述べる情状と照らし考えるにその量刑が甚しく不当でこれを破棄しなければ著しく正義に反すると認められるので、刑事訴訟法第四一一条第二項により原判決を破棄し、被告人等に対し御寛大なる判決を賜わり度い。

(1) 被告人玉腰東木が法人税を一銭も支払う意思がなく、赤字申告をした事実についてはまことに申訳ない次第でありますが、被告人東木が逋脱を思いついた動機は、当時確かに同人経営のトルコ温泉営業が利潤をあげていたことは事実であるが、もともと借金で始めた商売であるし、その借金も銀行だけでなく朝鮮人の高利貸(被告人東木はもと朝鮮人で、日本に帰化したものである)から資金をかりて商売を始めたものであるから、利息の支払いに汲々として開業以来本件逋税発覚までの間に、手形不渡りを出すこと十数回に亘り、翌日金をかき集めて不渡り手形の買い戻を行つて不渡処分を免れてきているものでありますので、被告人東木はそのような環境においては税金を払うような状況ではないと考えたことが逋税の動機であつたのです。

(2) 被告人株式会社ホテルニユー東京、同株式会社ニユー東京も、実際の経営は被告人東木が行つていたものであつて、株式会社ニユー東京の代表者は被告人の妻玉腰サダ子でありますが、同人は実際には何等経営にたづさわつてはいないので被告人東木に全責任があるものであります。

前項記載の通り、被告人東木の犯行の動機は実際に金がないという現実にあつたのであります。

しからばトルコ風呂経営上の利潤は一体何処へやつたものでありましようか。勿論被告人東木の家族が朝鮮へ旅行するとか、家庭生活の出費等に使い込んだものもありましようけれども、大部分の利潤は前記高利貸へ利息として支払われたり、トルコ浴室の改善等に支払われたものであります。

右の出費のうち家庭生活や旅行に使つたものは、課税の対象になるものでありますが、利息や浴室改修等はすべて、税金の上では損金としての取扱を受けるものであります。

勿論税務当局においても高利貸へ支払つた利息について明らかなものについては損金として認めてくれたことですが、何分高利貸は利息の受取はくれないし、被告人等の会社の帳簿も甚々しく杜撰なものであつて、支払つた利息の全部が明らかにされていない為に、損金として認められない高利が多額なものとなつたのであります。

もつとも被告人東木は脱税した現金は自分でもつていて、その中から右の利息を支払つた為に、実際には帳簿には入金も出金も記載されないわけであるから、それならばすべて脱税したものと認定されたことは致し方のない次第でありますが、このようにして支払われた高利貸への利息は約千万円に近いものと推定されるのであります。又浴室の改修の場合も一度修理したものが、欠陥が多すぎた為に殆んど使用しないうちにこれをこわして更に修理のやり直しをやつた場合等は、こわしてしまつた改修分については全部損金として認められるものであるのに、被告人東木の場合はそれ等も全部一般の改修費と経上されて、然るべき年数で消却されるものとされたのですが、右のように損金と経上されるべき金額がやはり約四百万円にのぼるものと想定されるのでありますが、被告人の経理の杜撰と脱税をしたことの必然的結果から残念乍正規の取扱いを受けることができなかつたものであります。

(3) 被告人東木が脱税なぞしないで正常な帳簿を調べ、利息や修理費等正当な損金として認められる経費を経上したならば、決して被告人等の脱税と認定された額が、原判決認定のような高額なものにはならなかつたものと弁護人は確信しているものであります。弁護人がそう信ずるのは決して単に本件事案に右のような推測を加えて考えるだけではなく、現に弁護人が親しくしているトルコ風呂経営の経営者から直接経営上の利潤と法人税の納入状況を聞いてそう信ずるのであります。

トルコ風呂営業は現在の状況では確かに利益のあがる商売ということはできるでしよう。然し被告人等の如く高利貸へ高利を支払つた上に更に利潤を生ずるというようなホロイ商売ではないということは事実であると信ぜざるを得ないところであります。

(4) 被告人東木は現に朝鮮人の高利貸太田八郎なるものから金千五百万円にのぼる借金があり、その担保として被告人等の有する土地建物は勿論什器備品に至るまで、ことごとく差押えられており、右太田は馬見弁護士を代理人として差押物件を競売するとおびやかし、最近では毎月金二〇万円を支払うことによつてかろうじて競売を停止して貰つているという状況にあるものであります。

(5) 被告人東木が脱税した金を個人の費用に流用したということも確かにあることは認めますが、現在の被告人等をめぐる、資産関係を調べるならば、決してその脱税額は原判決のような高額のものとはなり得ないところであります。

被告人等は此の度の脱税事犯により、国税庁から、逋税額の追徴とこれに対する重加算税、廷滞税及び地方税等を含め約参千五百万円の支払を命ぜられたのでありますぎ、現在では被告人等には現金がないのでトルコ風呂営業の利益から月々約五十万円程度の支払をなし、且つ右の支払を保証するために被告人等の有する全財産を担保として提供しているものであります。

(6) 右のように税務当局が被告人等の逋税行為について好意ある取扱いをしてくれたのは何故かと考えるに、弁護人の推測ではあるが、前述した被告人等が脱税した必然的結果として損金の経上がなされなかつたこと、事実として被告人には借金は前述の如く莫大な高利の金を借入れており、現金の持ち合わせがないこと。被告人が税金を支払う意思のなかつた点はまことに遺憾なことであるが、脱税の手段は甚々幼稚なもので単に帳簿をつけないということ、帳簿外の現金を隠したという程度のもので、伝票その他は全部保存してあつたので税務当局の摘発も容易であつたこと等の理由によるものと考えます。

これが若し一流の事業家の行う脱税行為であつたならば、たとい税務当局が相当に力を入れても発覚される脱税額は氷山の一角に過ぎないことが多いであろう。被告人東木の場合利潤があるのに、税金を支払わないということは確かに悪質であるが、一度税務当局の捜査を受ければ、たちまち馬脚を全部表わすといつた次第のものは、その手段まことに幼稚であつて、この点では決して悪質とは云えないものであると考えます。

(7) そもそも日本の税金が高いことは世界的であつて、おそらく何人と雖も若干の脱税をしていないものはないという、俗にこれを九六四(クロヨン)といつて、給料生活者が九〇%一般事業者が六〇%、自由業者が四〇%の法金の支払いをしていると説く論者がいるが、若しこのような噂が真実に近いものとすれば、大変なことである。最近は税務署も徴税については非常に 密になつて、右のように九、六、四といつた杜撰なものではないと信ずるが、問題は税率の高いことの外に徴税の不平等という点も解決しなければならないことと思う。

この不平等を解決する方針の一つとして、逋脱者を厳罰に処し、一罰百戒の効能を発揮しようとすることも確かに一理あると思うが、槍玉にあがつた者だけが災難といつたような政策は決して上策とはいえないし、且つ又その槍玉にあがつた者が一番悪い奴だというわけには行かない場合が多いのではないだろうか。本件被告人の所為をみても、被告人が一番悪い点は自分勝手に判断をして、税金を納める意思のなかつたことは、大変悪いことであるが、税務当局が摘発した脱税額は決して高額とはいえないし、前述した修理費や高利の支払いを損金として差引いてみると、被告人の脱税額はむしろ低いものと考えてよいのではなかろうか。

被告人の前述した現実の資産状況から見るも、被告人が本件脱税によつて高額の不正金員を手に入れたとは致底考えられないところであります。

このような被告人の現状を見るならば、被告人が今度犯行を摘発されたのは、決して高額の脱税があつた為ではなく、被告人に事実上課税さるべき利得があつたのに、被告人に税金支払いの意思がなかつたと云う点であろうと考えます。

従つて被告人が脱税の為に工作した色々の措置も結局は幼稚なものであると云えると考えます。それよりも対税対策を、あらゆる能力を駆使してうまく行う、例えば日通事件のような、いやそれほどでないまでもそのような巧妙な脱税者は沢山居るのではないでしようか。

以上の諸点を考慮するとき、被告人は既に税務当局より課せられた支払金によつて、充二分に苦痛を味わわされているものであり、その支払に全財産を担保として提供している事実を考えれば、この上更に高額の罰金を以つて懲らしめるのはまことに酷にすぎるものと云わざるを得ないので、何卒御寛大なる御判決をお願い申し上げます。

以上

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